・警察犬でよく採用されるシェパードという犬種は非常に猜疑心が強いと言われている。警察本部鑑識課警察犬担当を長くやられた先輩から聞いた話だ。直轄犬として採用される犬は特に賢く、犬にとっては自分の担当(飼主)以外には絶対になつかないそうだ。
・警察犬はご存知のとおり、犬の臭覚に着目した臭気判別能力を生かし、犯罪現場に遺留された資料から被疑者の探索。臭気識別等を行う活動だ。その中でも直轄犬として採用されるのは、訓練された犬の中でもエリート中のエリートだそうだ。
・生き物を取扱っている特殊な環境下にあって、出動要請があった際には、所期の目的を遂げるという主要任務を与えられているため、警察犬には訓練の中で培った、沈着冷静さが常に求められている。可哀そうではあるが、ペットではない。
・言い方は乱暴だが、高度な特殊能力を持った家畜だ。存在そのものが任務であり、例え担当者が休みで自分の出動がなくとも、待機する中での緊張感があるだろうし、当然にストレスも溜まる。
・つまり、警察犬は精神的にも肉体的にも、採用されたが故の忍耐が強いられ、常に万全であることが求められているから、必然的に、そこにはいくつかの不文律があるという。
・例えば、ある犬の担当者が転勤し、後任に引継ぎが行われると、前任者は二度と犬舎に現れてはいけないのだそうだ。犬の臭覚は最大で人間の一億倍と言われているから、当然に、犬は臭いで元の担当者を覚えている。新しい担当者が自分の飼い主であり、その担当者の命令以外を犬はきかない。それが犬の習性だからだ。
・しかもシェパードという犬種は猜疑心が強いから、常に疑問を感じながら生きている。新担当者に訓練を受ける中で、犬は担当者以外の命令に従ってはいけないことを叩き込まれる。そうした中で、例えば前担当者が未練がましく姿を見せると、犬は当然に前の担当者を思い出し喜びの感情が芽生える。
・ところが、犬にとって、自分の司令塔は現担当者であるから、同時にふたりの司令塔が表れると、どちらの指示に従って良いか分からなくなり、混乱するのだそうだ。だから、転勤した前担当者は二度と犬舎に顔を出してはいけないことになっている。
・遠巻きに覗くこともNGだそうだ。犬は嗅覚もさることながら、人とは比べ物にならないくらいの優れた聴覚を有している。しかも猜疑心が強い。足音を聞いただけで、それが誰かを識別する能力を持っているそうだ。
・広く盲導犬、聴導犬、救助犬、麻薬探知犬、最近では病院で患者の癒しの存在としてファシリティドッグなど、人と犬とは共存関係にある。とはいえ、犬は人とは違いタダ働きをさせられている訳で、そこには我々が想像する以上の高度なストレスが溜まる。犬のストレスを緩和してやることも担当者の重要な役割りである。
・人間の都合で任務を与えられた犬にとってみれば、ある種、迷惑なことであろう。しかし、卓越した能力を買われ、求められた場所や環境下で、求められる人間のために尽くすことの重要性を鑑みると、文句も言わず崇高な職務に励む、その姿に畏敬の念を抱き、ただただ頭の下がる思いがする。
・崇高な話の後に、程度の低い話へとギアをシフトする。
・あるマンションで、ベランダを含めた共用部内での喫煙を禁止するための、建物使用細則を変更・付記しようという動きがあることは、以前にも書いた。
・建物使用細則を始めとするそれらは、マンションにとっての地方自治法とも言える規約を前提とした取決めだ。細則変更の場合、総会での普通決議が必要なので、議案を上程する権能を有している理事会が審議したうえ判断をする。
・今回の流れとしては、こんな感じだった。「苦情」⇒「理事会(議事録周知)」⇒「全戸投函・掲示」⇒「理事会(議事録周知)」⇒「アンケート実施・集計」⇒「理事会(議事録周知)」⇒(幾度か繰り返しての審議)⇒「総会上程議案の審議」
・今回、決算理事会を迎えるにあたり、今期、通常総会に「共用部内での喫煙とタバコの吸い殻のポイ捨てを禁ずる建物使用細則変更を上程する」と決した。ここに至る審議の中で、今期理事会は「細則の変更・付記によって、禁止を強制することへの配慮」と「健康被害を訴える住民と喫煙者との対立が今後、深まることへの懸念」を対比させて審議し、その結果を判断したことによる。
・そもそも、マンションという共同住宅の主体は区分所有者というオーナーであり、その同居人(家族・親族)である。所有者である以上、所有する物件を排他的に使用する権限があるのだから、そもそも、その所有物をどのように使おうが、所有者自身の勝手である。
・ただし、マンションという特殊な建築物において、居住者一人ひとりが共同生活を行っている関係上、そこには取決めが必要となる。特に、今回のようなタバコが嫌いな人とタバコを吸う人との間で、利害関係が衝突した場合に、マンションの取決めとして、どのようなことが定めれているのかが、判断をするうえで重要なポイントとなる。
・議論は、さほど白熱しなかった。今や世間は喫煙者に対し冷たい。路上・公園、公共交通機関はもちろん、職場や飲食店、はたまたトイレ内でも禁煙というところが多い。細則を変更するしないの審議の中での着地点は、前述のとおり「健康被害」「臭いの害」「喫煙者と嫌煙者との対立」を踏まえてたどり着いた。
・ところが、決算理事会直前期になって、唐突にもある人物から連続的な電話やメールが鳴り響いている。「細則の変更という流れで決まったようだが決め方が乱暴だ」「区分所有者の総意を反映していない」「せめて加熱式タバコや蒸気式のタバコを除外して欲しい」といった要望だ。
・唐突感という言葉を使わせていただいたとおり、あまりにも唐突な願いだ。管理会社に所属するフロントマンとして悪田は、どちらにも肩入れをしていない。前記の流れの要望があり、それを理事会に報告し、理事会の指示で対処し、アンケートを実施して集計し、判例や文献を調査し、報告して審議の土台に乗せて結果を取りまとめただけだ。
・その悪田に「上程議案に加熱式タバコを除外せよ」と理事役員でもない組合員が依頼すること自体が、唐突であり、それを仮に行った場合、理事会は間違いなく、悪田に対する不信感を抱く。「そんな話は聞いていない」「なぜ、そんな話になるのか」と紛糾したうえで、この管理会社は信用できないという印象を抱かれてしまう。
・そのため、悪田はその願いをお断りさせていただいた。
・しかし、愛煙家は引き下がらい。同じ意見を堂々と巡らせ、挙句に「一部のゴネ得のために使用細則が変更されることに、どうしても納得が出来ない」などと口にする始末である。悪田は、管理会社のフロントマンとしてニュートラルな立ち位置にあるので「ゴネ得ではなく、健康被害を訴えておられること」「理事会でも審議を尽くされてきたこと」「上程議案の内容に納得出来ないのであれば、総会の席上でご発言いただくより方法がないこと」をご説明申し上げた。
・そういうご本人も、かつて、マンションの理事役員をやられてきたらしく、手続きの流れは熟知しているようだ。だが、要するに喫煙者として、出来る限りの配慮をしているのに、何故、これ以上の締め付けがなされるのか納得出来ない。すなわちそういうことだ。悪田は居住者さんからそのような要望・意見が寄せらていることを理事会でお知らせすることをお伝えした。ただ、これをどのように判断するかは約束出来ないことも同時にお伝えした。
・たぶん、それでもご本人は納得しないのかも知れない。
・実は、この要望が寄せられた前後に、別件で悪田に寄せられた、道理にかなわない内容のそれが連続した。ひとつひとつ書いていたら、今日、いちにちが終わってしまうので省略するが、人は自分が窮地に立たされると、あるいは、利害関係が対立し、自分の意見が通らないことを知ると、人(相手・対象)を悪く罵る。当然に電話を切った先、メールを打ち終わった先では、悪田も口汚く罵られていると思う。
・この習性は、たぶん人類固有のものだろう。是非、事例に当てはめて検証していただきたい。
・標記タイトルの本来は「ワタル世間に鬼はなし」だ。世の中は無慈悲な人ばかりではなく、親切な人もいるという意味だ。