実は詐欺師だったりする。
あるマンションのそばにスーパーマーケットがある。
悪田が警察署の知能犯係員だった当時、こんな事件が連続した。
犯人の男は、そのスーパーマーケットの駐車場で、車で来客するのを待ち受け、買い物中に車を離れたのを見届けると、あらかじめ用意しておいた千枚通しでパンクをさせる。
買い物を終え、何も気づかずに発車するタイミングで「パンクしてますよ」と声をかける。
困惑する被害者に対し「タイヤ交換を手伝います」と親切心を装って作業をする。
犯人は汗だくになりながら、タイヤ交換をしてくれ、困惑する被害者からたいへん感謝される。
ところがだ。被害者と別れ際に車を発進させた直後「ちょっと待ってください」と声をかけ、石ころを見せ「今、この石ころがタイヤで跳ね、ボクの車に傷がついちゃった。ああ、困ったなぁ」などと嘘を言う。
もちろん車の傷は、嘘を信じ込ませるために事前に傷をつけておく。
親切心でタイヤ交換してくれた恩人にとんでもないことをしてしまったと被害者は狼狽し、その後、犯人に要求されるまま、修理代を騙し取られる。
後で、パンク修理に持ち込んだ先で、業者からタイヤのヘリの部分に穴が開いていることを知らされる。
この部分は通常走行で穴が空く場所ではないので、あの親切おじさんは実は詐欺師であったことを知る。
思いの外、この手口で小銭を稼げることを知った犯人は、同じ駐車場で同種の犯行を繰り返し、やがて、詐欺師の噂が広まり、男は御用となる。
まだ若かった悪田は、男の取調べを任され、犯行に至る経緯を解明する。
元々、トラックの運転手だった男は、探偵業に誘われるが、探偵学校なる機関で百万単位の授業料を支払い、一文無しの状態。
探偵の依頼をひたすら待つだけの毎日。
家にいれば、奥さんから仕事に行かないのか?
と問い詰められ、居場所がない。
それでも探偵の依頼がいつ入るか分からないから、ひたすら待つばかりの毎日。
日銭が入らなければ食う金もない。詐欺師が探偵業のことを「あんなのこそ詐欺ですよ」という。
そんな折、そのスーパーの駐車場でボーッとしていた矢先に、たまたま、砂利敷きの路面の石ころが跳ねて男の車に傷がついた。
相手に声をかけると、不可抗力なのに深々と謝罪してくれて、修理代として小銭をくれた。
その時、男は気づいた「これは金になる」。男はタイヤ交換が苦手だろう女性や高齢者ばかりを狙って、同様の犯行を繰り返していたそうだ。
今、このスーパーマーケットの駐車場は路面が完全に舗装されて、石ころが跳ねる構造にはなっていない。
フランチャイズの有料駐車場となっていて、当時の面影はない。
しかし、悪田は担当するマンションに立ち寄るたびに、当時のあの事件を思い返す。
もう、20年以上前の出来事だ。
昨日、たまたま、そのマンション内で軽微な接触事故の届出があり臨場した。
お客様に警察への事故の届出を依頼し、臨場してもらった。
二人の若い警察官が来た。二人とも丁寧な取扱いで好感が持てた。
ただ、気になったことがひとつだけある。
若い巡査部長の警察官は、いかにも新人風の巡査に敬語で接していたことだ。
世の中、ハラスメントが叫ばれる時代だからか。
「時代も変わったものだ」