フロントマンが悪者になることで丸く納まることもある

・山を抱いた地形を生かして建てられるマンションがよくある。マンションにせよ戸建てにせよ必ずしも平坦な整形地に建てられているとは限らないので仕方のないことだがそれならではのトラブルが発生しがちなので、購入する場合は注意が必要だ。

・まず、崖を利用して建っているので、そもそもエントランスまでのエレベーターがないことがある。エントランスから上へは備え付けられているが、エントランスまでのエレベーターがないと、急な階段の上り下りが必要だ。若い人ならば、特段、問題ないかも知れないが、年をとって足腰が弱くなってくると、毎日の上り下りは、相当にしんどいだろう。後付けでエレベーターを取り付けるとか、階段のスロープに電動の椅子を取りつけることも物理的には可能ではあるが、設置費用だけでなく、その後のランニングコストを見越した費用を考える必要があり、費用対効果を踏まえた協議が必要になる。

・この手のマンションで起こりがちなトラブルとしては、経年後のエフロ(エフロレッセンス)、コンクリートの中性化による鉄筋の爆裂、共用場所・占有部内の結露、敷地内の陥没などが挙げられる。コンクリートやモルタルに代表されるセメント材は元々、アルカリ性を有していて、錆に弱い鉄筋を保護してくれる。一般的に鉄は熱と錆に弱いが剛性がある。対するコンクリートは熱に強く、押す力には強いが引く力に弱いと言われ、鉄とコンクリートが組み合わさることでそれぞれを補完している。木材もコンクリートも水に弱く、前者は腐食し後者はアルカリ性物質が流れ出す。アルカリ性物質が流れ出すと「鼻だれ」と呼ばれるエフロレッセンス(白華現象)が発生し、コンクリートが中性化する。コンクリートが中性化しても、強度に問題はないが、中の鉄が腐食して膨張し、爆裂が起こる。

・悪田権三の見てきたあるマンションでは、共用部の外階段や廊下のコンクリート部分がエフロでつららが立ったような状態となっていて、まさに鍾乳洞の様相を呈している状態が見受けられた。この状態では直ちに外構部の安全性に問題が生じる心配はないものの、今後、継続的な目視点検の中で状態を把握し、専門業者の見解を聞き取り、管理組合に進言して計画的な修繕を行う必要がある。

・結露に関しては、斜面に接した部分と建物との間に、ドライエリアが設けられていれば良いが、それがないと斜面とコンクリートとの温度差で結露が発生してしまい、コンクリートの表面に汗をかいた状態になってしまう。結露は次第にカビの原因となり、放置しておくと広く繁殖し、常にカビ臭い状態となる。対策としては湿気がこもらないよう、換気を良くしておくことだが、これには、正直、限界がある。最近では、カビや菌の発生を光触媒によるコート剤を吹き付けて抑止する施工を行っている業者もある。実は弊社でもやっている。特段、これを宣伝して商材を提供しようという意図はないが、約1年半前に実験的に施行させてもらったあるマンションでは、未だに効果が継続しており、目視出来る限り、施工後のカビの繁殖は確認出来ない。効果は半永久的だというから、今後も折に触れて確認していきたい。なかなかの優れモノではあるが、正直、施工費用は安くはない。

・陥没に関しては、基礎部分を施工する際の「矢板」が抜けるか抜けないかによって大きく影響すると言われている。基礎を打ち込む際の基礎杭は岩盤まで打ち込まれ、その後、基礎コンクリートで固められる。その後、土留めの矢板が抜ければ良いが、抜けないことがあると、そのままとなってしまうことがある。竣工後、年数が建つと、土留めの部分から地中に向かって陥没が発生してしまうことがある。躯体の基礎杭は地中の岩盤まで打ち込まれているので強度に問題はないが、陥没が徐々に広がり、基礎部分と敷地との境目に空洞が生じ、それがどんどんと広がってしまうことがある。砂を押し固めて注入するなどの埋め戻しが一般的だが、人が立ち入る場所である場合、足を取られて危険なので、注意喚起が必要だ。

・2021年3月ころ、悪田は、たまたま、悪田の上司とともにマンションの目視点検をした際、上司から「隣家の木が、こちら側に越境しているので、切ってもらうようお願いして下さい」との指示を受けた。崖地の上の部分で高所作業となることが窺え、やや、躊躇したが、上司の指示であったことから、土地の所有者にお願いし、切ってもらうことにした。約3ヵ月後、今度は管理員から「隣の家の木が越境し、葉っぱがマンションに落ちてくるので、木を切ってもらえるように言ってほしい」との依頼を受けた。

・正直、これは若干、はばかられた。上司ではない管理員から言われたからとかいうことではない。わずか3カ月前に木を切って欲しいとお願いし、その後、まだ日数も経っていないなかで、違う場所とは言え、また、高所作業をお願いすることに心苦しく感じた。そちらの木が越境しているのだから、切ってほしいとお願いするのは当然だとしても、言われた側はおそらく、良い気持ちではないだろうと察した。

・お願いしたところ、案の定「逆ギレ」された。木が越境している事実は認めつつ、不満の理由はこうだ。①何度も何度も木を切ってくれと頼まれても、言われた方は「はいそうですか、分かりました」という気持ちにはなれない。②おたくのマンションの住民は、よく、うちの敷地に向かってゴミを投げたりタンを吐いたりするが、あれは管理会社として注意しないのか。④おたくのマンション竣工時に、うちに対して挨拶がなかった。おたくは近所づきあいだとか、近所の手前などと言うが、そもそも近隣関係を意識した良好な関係性構築を重要視するなら、何故、竣工時に挨拶もなかったのか。⑤おたくのマンションの敷地の上にある木も、隣の敷地(その人の敷地ではない)に越境しているが、同様に切れと言われたらすぐに切れるか。といった不満を爆発させた。

・管理会社は、管理の一環として組合の意見を代弁して「お願い」しているが、普段から近隣住民側が不満を抱えているとこの手のお願いをするときにゴネられる。マンション側の木が越境しているのは、お隣さんの土地ではないし、関係ないと言えば関係ないが、怒りをあらわにして文句を言っている人に「それは関係ない」と、言い負かしたとしても、勝負に勝ったことにはならず、必ず遺恨を残す。お隣さんが人情として文句を言いたくなる気持ちを理解したうえで、穏便に波風を立てず「調子をくれて」したてに出て、お願いすることが出来れば、それが一番、相手に伝わる。自分は悪くなくとも、申し訳ございませんと謝罪し、理不尽を飲み込み、しかし、それでも、こちら側のお願いを何卒、お聞き入れ下さいませんでしょうか。というスタンスで交渉していれば、一番、問題なく解決方法が見えてくる。

・要するに「バカになれるかどうか」だと悪田権三は考える。「頭が良い」と「賢い」は違う。また、本当に優秀な人は、自分よりも優秀な人を使う。人は笑顔で接してくる相手に親和性を感じ、心を許す。叱り飛ばしても、嫌な顔をせずに食らいついて来る相手に真剣身を感じ取る。フロントマンの武器は知識や経験年数ではなく、いかに「バカ」になれるかだ。

・ブラックだ理不尽だ不条理だと、いくら自分の正当性を主張したところで、マンション内での合意形成を諮ることは出来ない。議案に対し根回しを行い、広く周知させて不満のガスを抜き、それでもガスが抜け切れない人のために、説明会を開催し、対案を用意したうえで、その議案が唯一無二、最低限の落としどころとして広く周知されていれば、総会決議において波風が立たず合意形成が諮れる。多くの組合員は、理事役員を率先してやりたいとは考えないが、たまたま回ってきた理事役員で、議案に反対する側から恨みを受けることは避けたい。こんな時、エース級のフロントマンがついていれば、不満分子のガスを巧みに抜く手段方法を知っていて、かつ、それを実践してくれるので、理事役員にとっては大きな緩衝材となる。言い方を変えれば、厄介な案件ほど、フロントマンが悪者になってくれれば、案件が丸く納まることが多い。しかも、そのプロセスを振り返れば、フロントマンの熱意は多くの人に伝わり称賛され、信頼関係の構築に繋がる。

・悪田は、ここまでのいきさつを、分かりやすく管理員に説明した。依頼内容をお隣さんにお伝えしたこと。いわゆる「逆ギレ」されてしまったこと。その理由はお隣さんにとって、長年にわたり鬱積した不満があること。逆にマンション側の木も、お隣さんの土地ではないが越境しているとの指摘を受けていること。したがって、こちら側がお願いした内容のとおり、越境した木を直ちに切ってもらえるとは限らないことを伝え了承を得た。

・約1月が経過した今朝になり、管理員から悪田にメッセージが届いた。「お隣さんが木を切ってくれたようですが、大きな枝を切ってくれたのはいいが、小さい枝が残っている。葉っぱが落ちて来るので、小さい枝も切ってくれるようお願いしてくれませんか」実に驚いた。考えた末に悪田はそのお願いをやんわりとお断りすることにした。いくら何でも、お隣さんの善意を逆なですることになる。管理員としては、フロントマンに悪者になってもらえば、自分の業務負担が軽くなるのは理解出来る。しかし、それをやってもらうために、こちらは、どれほどの根回しをして、本来、下げなくとも良い頭を下げ、お願いをしてきたことか。お隣さんに逆ギレされ、こちらが笑顔を振りまいてようやくお願いできたことを、管理員はまったく理解しようとしていないことを察した。ましてや崖の上の高所作業である。危険を伴う作業を善意でやってくれたことを考えれば、仮に小枝程度が残っていたとしても、多少は大目に見てあげるべきというのが人情だ。

・悪田は管理員にメッセージを返した。「気持ちは分かりますが、残念ながら余程のことでもない限り、そのお願いは出来ません。すくなくとも向こう2年間は静観するよう我慢して下さい。それがどうしても不可能なのでしたら、悪田の上司に担当を変えて欲しいと願い出て下さい」

・悪田は、管理員からの報告を受け、お隣さんにお礼の電話を入れた。あくまでも現場は見ていないが、小枝が残っていることは、あえて触れず、ここはお礼のみを伝えることが得策だと判断した。法は無理を強いるものではない。相隣関係も同じ。無理を強いることで余計に角がたつ。それは信頼関係の破綻に繋がるので絶対に避けるべき。とにかくここは、木を切ってくれたお礼を述べ、後に繋ぐことが重要だと判断した。悪田のお礼に関し、お隣さんからの返答はこうであった。

・「わざわざご丁寧にすみません。まだ終わっていないので、残りの小枝は、また今度、切ります」

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