・悪田権三が警察署の地域課長だった当時、部下の巡査部長に元白バイ乗りがいた。彼は巡査当時、全国白バイ安全運転技能競技会という全国大会で優勝したという、まさに、白バイ運転全国一の技術もつ卓越した能力を持っていた。
・そのころ、悪田が勤務する警察署では、ある特定のエリアである時間帯に集中したオートバイ利用の「ひったくり事件」が多発していた。それこそ、毎日のように帰宅途中の女性を狙い、バッグをひったくるという陰湿かつ狡猾極まりない事件が発生する。
・ひったくりは、窃盗事件の中でも特に悪質性の強い事件で、ややもすると、被害者を引きずったまま敢行される。被害者の財産を奪い取るだけでなく、転倒させて大けがをさせることもある、時に、被害者を死に至らしめることのある、危険極まりない犯罪だ。
・加害者は、敢行すると捕まらないよう必死で逃げる、足がつきにくいよう、わざわざバイクを盗む者もいる。かつて非業の死を遂げた人気ロック歌手の歌詞ではないが、バイクをかっぱらって走り出すヤツは、単なる単車の運転に好奇心を抱く思春期の青年だけではないと、当時の悪田地域課長は分析していた。
・多角的な分析を行うと、ひったくり事件には、当時、決まってあるメーカーの排気量100㏄のスクーターが使われていた。なぜか。加速が良いそうだ。しかも軽量で取り回しが良いから、街乗りをするには抜群の動力性能を有しているとのこと。当時「白バイより早い」とまで噂されていたほどの動力性能を誇っていたそうだ。
・これは、悪田にとって、聞き捨てならなかった。仮に多少、加速性能に優れているとはいえ、田舎の坊さんが法事に向かう時に利用するために使うことの多い「スクーター」など、その気になれば、捕らえるのは容易いのではないかと考えた。
・そこで、毎朝の地域警察官に対する配置教養において、悪田から、当時、部下の白バイ日本一に「捕まえることは可能か」と問うた。しかるに、日本一の答えはこうであった。
・「無傷で捕まえることは出来ません」
・白バイを含め、いわゆる「リッターバイク」と呼ばれる高性能オートバイの加速力は、世界が誇る高性能自動車と同じスペックで、例えば0→100㎞/h加速で、わずか3秒前後だ。
・ところが、たったの3秒とはいえ、そのような猛スピードで街中を疾走出来る環境など、普通の道路事情ではあり得ない。まれに、ブチ切れた阿呆が、交通ルールを完全無視し、無謀なスピード違反を犯し、無辜の市民を傷つけ、時に死なせてしまう事犯が報じられているが、その加害者が白バイ隊員となることは絶対にあってはならないのは当然のことだ。
・車であれオートバイであれ、高性能なものはアクセルを開けるだけで簡単にスピードが出てしまう。しかも、車両の高性能化は、各メーカーとも、安全技術面の開発に注がれ、その性能向上は、日進月歩で、めまぐるしい。
・例えば、トラクションコントロールやスリッパークラッチ、ABSといった安全面にかかわる機能は、今や量産された高性能オートバイには、普通に装備されている。
・そういう機能に恵まれた乗り物でツーリングを楽しんでいると、つい、自分の運転技能を過信してしまいがちとなるのが人情だが、むしろ、スピードを出すことは簡単だ。アクセルをひねれば、GPレーサーやオートレーサーのような運転技能は不要で、アホでも加速感を体感出来る。だからこそ、人間のクズである連続ひったくり犯でさえ、バイクを盗んで走り出す15歳の年少者でさえ、誰にでもたやすい。しかし、オートバイの安全運転を生業としている運転のプロは、常にその先を見据えた行動をしている。だからこそ、白バイというプロ集団の中にも、日本一の安全運転技能を誇る選手が養成されるのだ。
・全国放送される、毎年恒例の年始に行われる駅伝大会を見ていると、白バイ隊員は、それこそ花形的役者のように見られがちだが、彼らが称賛される所以は、交通事故抑止のための、日夜、自己の運転技能の向上に磨きをかけていることだけではない。
・交通事故が引き金となって、事故の当事者や家族や親族、縁者の方々が受ける二次的な衝撃を根本的に無くしたいという原点に立っている。だからこそ、自らが範を示し、日々、自己抑止力をもって安全運転に心掛けるため、自己の安全運転技能に磨きをかけている。
・自らの命をかけ、厳しい訓練に臨み、安全運転技能向上に精進し、悲惨な交通事故を一件でも減らすために奮闘する隊員さん達に、警察OBの一人として、悪田も心からエールを送りたい。
・悪田もマンション管理士として、駐輪場バイクの盗難被害を呼び掛けるよう、掲示等で働きかけて参りたい所存だ。