・悪田権三が10数年前からひいきにさせていただいている居酒屋さんが平塚にある。多忙であるためなかなか顔を出す機会がなく、最近はコロナ禍の影響で休業や時短営業等で、さらに機会が減っていた。
・悪田にとって、このお店は、実はたいへんに思い入れが深い。現在の居酒屋の前は、老夫婦が経営する焼き鳥店であった。悪田は、この焼き鳥店が開店直後のころからひいきにさせていただいていて、当時、まだ20代の、なりたての刑事だった。
・その後、焼き鳥店は、現在の居酒屋がある場所に移転した。経営者の老夫婦は60歳を過ぎて、脱サラし、苦労を重ねながら店を切り盛りしていた。客足が振るわず閑散としていた日も多かった。こうしている間に店主が病に倒れた。末期ガンだった。
・女将は「客がしんき臭くなるから」と、店主が亡くなるまで、ガンに侵されていることを公表しなかった。それから数年後、焼き鳥店は閉店となった。キープしていたボトルを取りに行きながら、ほんの気持ちの花束を手渡し、女将と最後の別れをした。これからどうするのかを女将に尋ねると、故郷の福島県に帰るとのことだった。
・それからしばらくして、現在の居酒屋が開店した。それから10数年となる。今でも、居酒屋に顔を出すたびに、当時の焼き鳥店のことを思い出す。
・今の居酒屋のご夫婦も、ずいぶんとご高齢になられた。数年前、風のたよりで、焼き鳥店の女将が、アパートで孤独死したことを聞いた。店を閉店後、故郷の福島県には帰らなかったようだ。一切の不平不満を口にすることなく、誰にも看取られることなく、一人、ひっそりと静かに息を引き取って行かれた女将の最後が、何となく、しんみりと思い浮かんだ。
・悪田にとって、ある歴史の一ページがそっと閉じられたように感じられた。本題に入る。
・毎週土曜日の夕方に放送されているアニメ番組がある。主人公の小学生が、推理力を働かせ、次々に難事件を解決する人気番組だ。
・ある居酒屋の常連客のご夫婦が、女の子の孫二人を連れて食事に来られていた。ご主人は法人会の要職を歴任され、悪田も不動産業をやらせていただいていた当時、経営に関する御指南をいただいた。おかげで、いろいろな方との人脈を広げるきっかけを与えていただいた。
・お孫さんは中学生で、今日はフラダンス大会があった帰りだそうだ。何気なく見ていたテレビのチャンネルをいじっていたら、このアニメ番組が始まった。悪田が女の子に「これでいい」と聞くと、これを見たいとのことで、酔客(中学生はコーラ)が一体となった謎解き合戦が始まった。
・番組が始まって間もなく、悪田が「このおばちゃんが犯人だよ」と推理すると、女の子は「それはない」という表情を浮かべて笑っていた。
・祖父母の常連客は「この人、元おまわりさんだから意外と当たっているかもよ」とコメントをすると孫たちは大いに喜んでくれた。
・ほどなく、番組のクライマックスを迎え、事件の目撃者に生命の危機が迫る場面となる。そこで主人公の少年の謎解きで犯人が解明され、危機一髪のところで目撃者の命が救われた。何と、犯人は悪田が指摘したとおりの「おばちゃん」だった。
・悪田が推理したとおりの結末を迎えた。悪田は得意げだった。たまたま悪田が持っていた、初期の悪田権三名刺を女の子にあげると、たいそう喜んでくれた。
・初代悪田権三名刺は、両開き式のもので、真ん中の部分には、警察手帳をイメージしたデザインが施されている。
・この名刺をもらった女の子は、週明けに学校で自慢するそうだ。「悪田権三って言うんだ」と言いながら、それが本名だと思ったらしい。
・スマホを駆使しネットを検索しながらヒットした悪田サイトのひとつひとつを、キャッキャと喜びながら見てくれたのがたいへん嬉しかった。
・推理力を働かせるのは子供の特権のようなイメージだが、実は大人でも楽しいことであったりする。
・また、大人の世界ではつまらない遊びゴゴロも、子供にとっては楽しいことであったりもする。