童話から学ぶこと

・「色情盗」という窃盗犯の中種別がある。干し物盗とも呼ばれる、いわゆる変態系の屋外窃盗犯である。下着を盗んでどうするのかというと、その用法に従って使用するためだ。

・悪いことをした報いを受けて捕まる人がいる。統計を分析した訳ではないから、根拠は薄いかも知れないが、悪田の経験から(※もちろん警察側にいた経験)、盗もうとして、着手行為に及んで、家人に発見されて逃げる。その後、取り押さえられるというパターンが多い。たぶん、捕まる際「この野郎、よくもうちの娘(妻)の下着を」のように怒鳴られて、制圧逮捕される場面になると推察する。「母の(祖母の)」となるかどうかは計り知れない。

・これも統計を分析した訳ではないが、捕まった側は、まず否認する。どんなに現行犯だと分かっていても頑強に否認する。恥ずかしいからか。現行性、時間的接着性の明白性、犯罪と犯人との明白性の3要件は、現行犯逮捕の必須要件。犯行場所と逮捕場所の距離といった場所的概念は、必然的に時間的接着性に含まれるので、特に問題とならない。判例では1キロを超えないというのが目安となっている。逃亡・罪証いんめつといった逮捕の必要性とは関係ない。現行犯逮捕は私人でも逮捕可能だからだ。留置の必要性は、引致後の判断だ。逮捕手続きに問題があれば、引致を受けた後、一旦、釈放し、その後の手続きを考えれば良い。

・是非、人を叱る時は現行犯で、もの覚えの悪いマンション管理会社のフロントを叱る時もそれでお願いしたい。

・そもそも、前記3要件での逮捕は、誤認逮捕の恐れが少ないから、あまり問題とならない。しかし、それでも被疑者は否認する。頑強に否認する。そこまで頑強に否認されると、引致を受けた捜査幹部もちょっとは心配になってくる。果たして、本当に犯人なのかと疑念を抱く。

・昔、悪田の上司にある刑事課長がいて、否認現逮の色情盗未遂で、被疑者が落ちないことに業を煮やし、取調中にノックもせずに取調室に入り、いきなり「オラオラオラオラオラ・・・」みたいな一子相伝の拳法つかいのような怒声を被疑者に浴びせ、被疑者を落とそうとして周囲を呆れさせたアホがいた。

・その上司は、刑事の経験がまったくないまま刑事課長を与えられ、階級という威光をかざし、正義感に燃えてとった行動なのであろうが、ルールとか流儀とか作法とか、そういうものを、もう一度、幼稚園から学んだ方が良いと思われるくらいのアホだった。しかし、悪田はこのアホから随分可愛がられ、おかげでアホが伝染してしまった。しかし、刑事経験を含め警察に在職中に「オラオラ」を演じて被疑者や参考人、はたまた被害者や関係者に挑んだことは一度もない。

・否認の被疑者は「オラオラ」では落ちない。しかし、悪田が刑事課長当時、同様な案件でパクられて引致を受けた同種案件では、絶対に落ちることを確信していた。案の定、落ちた。なぜか。悪田が予想したとおりであった。昔、指導していただいたアホな刑事課長のおかげだと感謝した。

・被疑者は留置場で落ちる。なぜか。答えは身体検査の際に女性ものの下着を身につけているからだ。留置の際の身体検査には所持品に関するトラブル防止のために、捜査側も立会うことがある。執務時間帯はないことが多いが、当直時間帯は限られた人員で対応しているので、その捜査に直接的に従事していない当直責任者が留置時の引継ぎに立会うのは常だ。

・色情盗でパクられた否認の被疑者も、たぶん留置時の身体検査で衣服を脱ぐ時は、ドキドキものだと思う。悪田も警察という集団生活のなかで、数多くの警友と裸のつきあいをしてきたから、例えば入校中に一緒に風呂に行くなど常だった。男に裸を見られることなどこれっぽっちも恥ずかしいとは思わない。

・しかし、仮に悪田が女性ものの下着を身につける趣味があり、その姿を更衣室で見られたら、おそらく、全国の警友は、悪田がどんなに「下着を量販店で買った」とか「母親のを借りた」と説明しても「こいつ盗んだんちゃうか」と奇異な目で見られるだろう。下着にちなんだあだ名をつけられていたかも知れない。

・このような一連の悲哀を、悪田は「北風と太陽」と呼んでいた。

・事例はこうだ。あるとき、太陽と北風が、ある旅人をターゲットに「あいつのコートをどちらが先に脱がせるか」と勝負することになった。北風は全力で旅人に暴風を浴びせるが、旅人は寒さを感じ襟を立てて備える。そこでバトンタッチした太陽が、ぬくぬくと温熱を降り注いだところ、旅人は暑くなり、自らコートを脱いだというアレだ。この時、旅人がコートの下に女性ものの下着を身につけていたかどうかは定かでない。

・マンション管理の世界においても、この童話と同様に、いろいろな案件を抱えながら、担当フロントが煮詰まって、ガンガン、じゃんじゃんバリバリ案件を進めたいこともある。逆にぬくぬくと太陽の光を燦燦と降り注ぎながら、じんわりと協議を進めた方が効果的な場面もある。どちらが効果的なのかは答えがない。

・組合員さんのために、一睡もせずに議案をまとめても報われないこともある。逆に、一生懸命に取り組んだのに、批判に晒されることもある。

・現に悪田も、今日の集会のために、前日まで寝ずの準備をしてきたから、やや煮詰まっていた(かもしれない)。数多くの案件を準備しても、それらが全て承認された訳でもないし、逆に厳しい言葉もいただいた。

・しかし、集会が終わり帰りがけに、理事役員さんから袋に入ったタッパーをひとついただいた。役員さんから「お疲れさまでした。お赤飯を炊いたので、おすそ分けです。よかったら召しあがって下さい」との温かいお言葉をいただいた。

・この仕事を選択して、本当に良かったと思った瞬間だ。

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