・中には意識の高い理事役員さんもいるが、多くの組合員さんは、わさわざ自身の貴重な時間を割いてまでマンションの組合運営に、積極的に参加しようというのはそう多くはない。
・悪田権三もそうだった。正直、自分がこういう仕事をやらせていただいているから、少なからず組合運営の大変さが理解出来る。逆に理事役員は組合員の一員として、金を払って管理業者と委託契約を交わしているから、ある程度、担当フロントマンに好き勝手も言える。もちろん文句も言えるし、あらぬ因縁をふっかけることも可能だ。ふっかけられる側にとっては、そんなことくらい日常茶飯事だから、いちいち気にしてはいない。
・悪田は、この仕事をやるようになって、自分の担当業務を「格闘技の世界チャンピオンだ」と思うようにしている。理由はこうだ。
・ある程度の実力が認められ、勝率を上げるようになれば、その世界で注目を集めるようになる。当然、ランキングも上がり、大手のスポンサーがつき、世間に晒される機会が増える。そうすれば、必然的にファンが増えるから、逆に反感を持つ人の割合も増えてくる。当然に批判の目で見る人の割合も増える。下心で接近してくる人も現れる。
・「オレの方が強いから勝負を受けろ」とか「ファイトマネーの一部を寄付しろ」とか「もっと有名にしてやるから俺とスポンサー契約しろ」などなど、こちら側が求めてもいないのに押しかけて来る「珍客」が現れる。
・チャンピオンは、そういうものにいちいち関わっていたらキリがないから、ほどほどの程度を見計らい「はい、ここまでです」と打ち切る。もちろんそれは、選手が世界チャンピオンだから通用する対処方針で、国内ランキング第100番台後半くらいの選手(管理会社)では通用しない芸当だ。個人ランキングと会社の知名度は違うが、名門の会社には体力があるから、アスリートを育てる土壌もしっかりしている。必然的に将来を有望視される選手が集まりやすい。
・悪田は、今のところ、そもそも限りなく無名なアスリートに近いから、自身のランキングを上げることを長期的目標に、まずは、次の試合に勝たなくてはならない。練習に没頭する時間も資金力もなく、しかも、才能も、あるいはやる気さえも疑問視される現状では、悲願成就は程遠いいかも知れないが、それでも上を目指している。それは、自分自身が納得出来るプロを目指していることと、マンションで困っている人を助けたいという、ただそれだけのことだ。
・所属する管理会社もそうだ。いわゆるブラック企業だから、ダメなことが多い。しかし、所属会社をいくら批判したところで、急に何かが変わることはない。黒い色がついた企業にさらに毒を混ぜても、余計に黒くなるだけだから、逆らえば悪田のクビが飛ぶだけだ。それならば自分がフィルターになって、少しでも浄化作用を果たしていれば、そのうち淀みのない綺麗な水が流れる。たゆまぬ努力をしていれば、いつしかそういう会社になる。そう信じて日々、前を向いている。
・いきなり脱線して申し訳ない。
・現実に目を向けると、管理会社のフロントマン目線で、自分の担当業務に手を抜こうと考えれば、それはいくらでも可能だ。そもそも、理事役員の仕事を積極的に請け負いたいと考える組合員さんは少ないのだから、フロントマンから出されたメニューを見て、何となく「そういうものなのか」と理解してしまえば、その内容に従って審議が諮られていく。ある程度の内容か網羅され、そうかそうかと納得すれば、それが前例だと疑いもなく信じてしまう。決算理事会を例にあげる。
・決算理事会とは、平たく言えば通常総会前の総まとめだ。今期最後の理事会で総会への上程議案と報告事項をとりまとめるものだ。
・通常、定例四議案と呼ばれている「①今期事業報告及び収支決算報告」「②管理委託契約の更新」「③次期事業計画及び収支予算案」「④次期管理組合役員選出」があれば、だいたいの内容は網羅出来る。ところが、そう簡単に行かない問題点が山積していることも多々ある。いずれ、通常総会に議案上程しなければいけない問題点を、日ごろから理事役員さんとともに協議し、難題の解決に向き合っていると、到達点が、決算理事会で、そこが一つの区切りとなる。
・管理会社のフロントマンとして、理事役員さんに就任する気持ちに思いを致せば、組合員の一員として与えられた任務に誠実に向き合い、今期の代表者として正しい判断力を持って、懸案事項の解決に尽くしたいという意識が生じる。
・そして、なるべく厄介な懸案事項を来期に引継ぐことなく、ある程度の解決を図って納めたいと考えるだろう。
・中には、出席の機会が得られず、あるいは参加意思に乏しい人もいるが、大方の組合員さんは、マンション全体の問題を自身の懸案事項と捉え、協力的に参加してくれる方が多い。この期待に応えることがフロントマンの矜持であり、難題を多く抱えているからこそ、その腕の見せ所だと悪田は考えている。
・前記の定例四議案だけしかない通常総会であっても、悪田は必ず、通常総会の報告事項に「長期修繕計画書(長計)の確認」という項目を入れるようにしている。長計は将来の資金計画だ。単なる資金計画だが、根拠に基づいた計画がしっかりと行われ、将来に備えた準備が出来ているからこそ、必要に応じた建物等の修繕が行われ、結果として長期的使用が可能となる。
・悪田の所属する管理会社で提供している長計は無料で提供可能なものだ。タダだから、根拠が薄いかと思われがちだが、決してそうではない。しかも、そんなに難解なものではないから、その気になれば、素人でも作成可能だ。ただ、実際には、どの修繕項目にどのくらいの費用がかかるかという、ある程度の専門的知識も必要なので、多少の工夫は必要だ。それでも、プロの設計管理会社に委託すれば、立派な計画を作ってもらうのに50~60万円くらいは請求されるものが、無料で作成することが出来るのであれば、それはそれで価値がある。
・国交省は「おおむね五年ごとに見直しを図りなさい」という指針を出しているが、それが故に二流三流フロントマンの手抜きの温床にもなっている。このブログをご覧の理事役員さんは、ご自分が担当している理事会の決算理事会が訪れることを想定し考えて欲しい。担当フロントマンの報告を黙って聞いて、そこで「今期は長計を通常総会の報告材料としないのですか」と質問するといい。その際、フロントマンが「長計は国交省の指針で五年ごとに見直すものとなっているので今期はありません」と答えるとする。そしたらこう伝えるべきだ。「自分が手抜きをするために五年のタイミングを恣意的に解しているのではありませんか」「修繕積立金の増額を議題に諮る時だけ、長計を持って来られるのはかえって迷惑だから、今期から毎期の決算理事会で、必ず確認したい」「もちろん今期の総会報告事項として欲しいので明日までに作成して回覧して欲しい」「通常総会には必ず間に合わせて欲しいがその前に理事会のフィルターに通して欲しい」「無料のフォーマットで構わないし、有料だと言うならマンション管理センターの二万円程度のもので良い」「とにかく危機意識をもって決算理事会の重要性を考えて取り組んで欲しい」「この発言内容を議事録にしっかりと落とし込んで欲しい」
・このようにして、今期の集大成を長計で締めくくれば、今期理事会としてマンション全体の資金計画を考え、問題点をチェックしてくれたことを組合員全体が理解してくれるから、悪田は必ず報告材料として準備するようにしている。
・別にこれらの業務は、管理会社がついていなくても、対処可能だと悪田は考える。確かに、管理会社の担当フロントマンが前向きで積極性に溢れていれば、簡単な長計を含めた総会の議案書など、難なく作成してくれる。管理会社と委託契約を締結していれば、煩雑な組合会計業務も管理会社がとりまとめてくれるから有難い限りだ。
・だから、自主管理など素人には無理だと考える人も多いかも知れない。しかし、そんなことはない。小規模のマンションでは、自分たちが手弁当で出来る範囲の仕事を、出来る範囲内で取り組むことに自主管理の良さがあると悪田は考えている。
・そうすることで、定額業務委託費が不要となり、設備点検に関しても、業者との直接契約にすることで全体的な管理費の負担を少しでも安くあげることが出来る。こうして、少しでも出費を抑えることで、支出を抑えることが出来れば、長い目で見ると組合全体にとって大きな利益となる。
・であるが故に、標記のとおり「フロントマンの実力は決算理事会で明らかになる」といえる。