奈良県警本部長鬼塚氏の苦難に思いを致す

・悪田権三は、平成17(2005年)年、警察大学校警部任用科第15期長期課程に入校させていただいた。今はなき、いわゆる「半年コース」で、基準時点(県によっては任官時、あるいは警部試験合格発表時)において、41歳未満の若手を対象とした長期間任用課程であった。

・警大警部任用科の長期課程が半年コースなのは、実は長い歴史があり、現在は、たかだが二カ月程度だそうだが、それだけ幹部教養に「重み」を置いてきた古き良き警察組織における期待の高さが窺える。

・もう17年も前の教養課程ではあるが、悪田は今でも、当時、悪田らに講師として教養してくれた、あるキャリアからの講義内容(体験談)が頭を離れない。衝撃的な体験談で、当時、社会に与えた影響や関係者の懐の深さを痛烈に記憶している。もちろん、断片的にではある。

・講義の概要はこうである。

・平成4年(1992年)3月20日、当時、自民党副総裁であった金丸信副総裁が、栃木県足利市で演説中に、自称、右翼団体構成員の男が拳銃3発を発砲したというものだった。

・当時、会場には約2,000人に聴衆がおり、幸いにして銃弾はそれ、金丸氏に命中することはなかったが、ややもすると、今般の阿倍元総理大臣の事件のような結果を惹起するテロ事件であった。

・講師は、当時(銃撃事件当時)を振り返り、警備体制上の問題点はもちろん、背景を含め、自民党副総裁の命か狙われる可能性が高いと言う危機意識を共有すべきだったと後悔したことを警大生に講義してくれた。

・その中で、事件発生直後に警護責任者として感じた率直な感想を「自分の警察人生はここで終わったと感じた」と素直に語ってくれたことが、悪田にとっては強烈な内容であった。

・おそらく、多くの視聴者諸氏にとってはピンとこない内容であろう。あるいは、立場のある人間は、窮地に立たされた際に、自分の保身を考えるということに、少なからず違和感を感じるのではないだろうか。

・しかし、当時(警大講義当時)、講師が若き全国の警察幹部たちに語ってくれた雑感は、綺麗ごとを度外視した、本人でしか分からない生の体験とし語られた危機管理教養であった。

・白昼のもと、警察の警護体制が根本的に揺らぐほどの大きな事象が発生した折、恥ずかしげもなく「これでクビになるかも知れない」「家族を路頭に迷わせてしまうかも知れない」「だから自己の保身を第一に考えた」という所管は、衝撃的だった。

・むしろ、恥ずかしげもなく、全国からよりすぐった若い警察幹部たちを前に、自分の失態(危機意識・指揮能力の不備等)をあからさまに公表し、同じ過ちを二度と繰り返して欲しくないという経験談として語ってくれたことに、悪田は、粋を感じた。こういう粋な幹部もいるんだなぁと嬉しくなった。

・人は誰でも失敗をする。失敗をするのが人間だからだ。だからこそ、他人の失敗を自己の糧として学び、再発を防ぐことが重要だ。

・この社会を震撼させた事件は、幸いにして銃弾が副総裁に命中することなく、最悪の事態を回避することが出来た。

・しかも、浪花節としての後日談があるそうだ。

・副総裁が私邸に到着した際に、秘書官に対し、このような指示をしたそうである。「いいか、警備責任者を含めた担当者を処分することかないように」と言い残したのたそうだ。

・この事件発生当時、元副総裁を取り巻く、種々のスキャンダルが報じられていたそうだ。真偽のほどは分からない。

・しかし、政治という言論における活動を暴力で封じるという行為が断じて許されてはいけないのは、今も昔も同じだ。

・それでもなお、当時の副総裁は、警備担当者の進退を案じてくれたそうだ。それだけ、当時の自民党副総裁という人物は懐の深い人物だったそうだ。

・講師は「それで首が繋がったのだ」と話してくれた。そのおかげで、その経験を後輩に話す機会を与えられたのだそうだ。だからこそ、あの失敗を生かして欲しいという内容だった。

・いま、加害者の親族が入信していたというカルト教団と政治家とのつながりが取り沙汰されている。日増しに加熱する報道は、指定暴力団とカルト教団を同列視し「信教の自由」と「集会結社の自由」を同じ悪であるかのごとく現職の議員たちを攻撃している。

・人にはそれぞれ違った価値観があるのだから、悪田は、そこに切り込むつもりはない。しかし、指定暴力団と宗教団体を同列に論じるのは、明らかに間違っていると思われる。

・一方、どんなに悔やんでも阿倍元総理は既に帰らぬ人となってしまった。阿倍氏の逝去が国益を大きく損なったことに疑いの余地もないし、警察の警備警護体制に不備があったことは明白だ。この点に関しては、事実関係を含めた検証と再発防止対策を徹底することが欠かせないことに誰しも異論はないだろう。だがしかし、どんなに警備担当者を責めても阿倍氏は戻って来ない。

・もちろん、奈良県警察本部長の鬼塚氏も同じ意識を共有し、悔悟の念に駆られている筈だ。だがしかし、仮に阿倍元総理大臣がご存命だったとしたならば、おそらく、金丸元副総裁と同じような意識を持っているのではないか。

・おそらく、秘書官に対し「警備責任者を含めた担当者を処分することがないように」と指示したのではないだろうか。

・改めて阿倍元総理のご冥福をお祈りするとともに、奈良県警察本部長鬼塚氏をはじめとした、関係各位の今後の活躍を期待する。

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