実直に「泥臭く」とは何か?

・悪田は、自他共に認める「へそ曲がり」なので、自分自身が見聞きしたものや、現に目の前にあるもの、あるいは、真に確実性の高いものしか信用しない。というか信用したくない。それが人情というものだから仕方ない。

・しかしながら、得てして「うわさ話」といった風評の中には、真に確実性の高い内容が含まれていることが多いのも実情だ。正確には知らないのだけれど、例えば週刊誌が政治家や著名人のスキャンダルをすっぱ抜いたということを見聞きするたびに「誰かしら、内情に精通したヤツがチクったな」と悪田は推察してしまう。

・現に、かつて世間を大きく騒がせた疑獄といった類は、内部に精通した者が不満を抱えながら情報提供されて、それが大きく報じられ事件化されたということはよくある。

・ただいま、川崎臨港警察署の石崎弘志郎署長が、厳しい批判に晒されている。地域の情報誌(電子版)に掲載されている彼のプロフィールを見ると、見出し文に「実直に泥臭く」と運営の抱負が書かれていた。彼は、そもそも悪田の同期生であり、長年、現場で苦労を重ねてきたうえで、署長職を与えられるに至った。その人柄をよく知る悪田としては「実に彼らしい」と実感した。

・当然に「実直」は分かるのだが、では「泥臭く」とは何なのか。文字を行間で読み進めながら推察するならば、おそらくこういうことだろう。「現場第一主義に徹し、創意工夫を重ね、汗水を流しながら泥にまみれ、仲間と労苦を分かち合いながら事件に向き合う。加害者である被疑者を検挙して被害者の無念に応え、現場で培った知見に基づき立証責任を果たし、有罪を勝ち取る」たぶん、同じ刑事の世界で生きてきた感覚として、大きく外してはいないと思われる。

・そこで、その「泥臭く」とは、いったい、誰に向けられた言葉なのだろうかを考えてみた。自分で掲げた目標なのか、あるいは署員を鼓舞するために向けたものなのか、このあたりがやや気になっている。

・仮に自分で掲げた目標だとするならば、悪田はこのような意味を含んでいると推察する。署長は長年の警察人生、特に刑事警察部門の第一線において、現場第一主義を貫いて知識・経験を身につけてきたキャリアがある。部下を指揮・監督・鼓舞する能力が認められて、署長に抜擢されるまでになったのだから、指揮官としての能力は申し分ない筈である。

・今回、マスコミの報道で大きく叩かれている初動対応のミス、特に「早い段階から警察に相談していたのに、被害者が殺害されるという最悪の事態を招いた」ということは、石崎署長の知識・経験・指揮官として能力をもってすれば、本来はあり得ない筈である。

・では、署長が目標として掲げた「泥臭く」を実践しなかったのは、彼の部下の失態なのか。仮にそうだとすると、部下は署長の意に反し、被害者の相談に耳を傾けようとはせず、自分自身の多忙を理由に被害者を放置し、あるいは、事件を「前裁き」して回避し、上司にも報告せずに事案が埋没した結果、最悪の事態を招いた。という経緯なのかと推察される。

・少なくとも、悪田は、直接、自身が見聞きした訳でないから、まったく分かっていない。報道でニュースを知るだけだが、冒頭のように署長という彼を知っているから推察されるというのがお分かりいただけると思う。たぶん、後者に近い流れだとすると、署長の抗弁はこうなる。「指揮官としてどのような指揮をしたのかと聞かれても、そもそも、オレに報告がないのだから指揮のしようがない。きちんと順序だてて報告をしない部下とその幹部が招いた失態だ」と。

・いっぽう、そうだと仮定して、部下はこのように答えるだろう。「署長は、現場の苦労も知らずにあれをやれ、これをやれ、オレの指示に従え。今すぐやれ。被害者のためにやれ。何故、オレの指示に従わないと言うばかりで、部下を守ろうともしない。被害者のためと言いながら、結局は、自分の保身や出世のことしか考えない」と。これらはあくまでも悪田の推察に過ぎないことを繰り返し申し添える。

・いずれにしても、警察の組織体制不備や上下の離反が招いた事案だとするのであれば、被害者やそのご遺族にとっては、実に本末転倒な話である。警察庁トップが県警に対し、事案の検証を指示したのも当然である。

・最後に、直接、悪田が耳にした、ある数名の人物からの「噂ばなし」を申し添える。今回の事件が大きくクローズアップされる、はるか以前に耳にした話だ。「石崎署長は署長になって人が変わった。もう昔の石崎さんではない。階級は人を変える、役職は人を変えるというが、まさに彼は大きく変わった」悪田は、この話を、いわゆる「悪い評判」として受け止めて聞いていた。それも「実に彼らしい」とすら感じた。

・しかし、階級なり役職なり、立場が変われば人は変わるもの。指揮官は上位になればなるほど、高度な判断が求められる。ミスが絶対に許されない場面において、感傷的感情を排し、冷静沈着に判断することは絶対条件として必須なのである。

・だが「うわさ話」は以下のように続く。そこで、前記の石崎署長いわく「オレが変わったんじゃない。オレは変わらない。今も昔も変わらない。むしろ変わったのはオレの回りの連中だ」と。立場が変わり、他人からの忠告を聞く耳を失ったのかどうかは分からない。だが、これらの風評を、是非、行間で読み解いていただきたい。最悪なのは「泥臭く」は「部下に泥をかぶれ」という意味で使われること。そうでないことを祈ってやまない。

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