・悪田権三の働く管理会社では、だいたい皆こういう悲鳴をあげる。「やってもやっても仕事が減らない」「なんでこんなに忙しいの」「休みが取れない」などなどだ。
・人間、中途半端に仕事をすると愚痴が出て、一所懸命やると知恵が出るそうだが、少なくとも悪田と早朝出社時刻を争っている初老の男性社員は、浅ましい悪知恵ばかり働かせている。人のやっていることなので、そもそもどうでも良いことなのだが、悪田の早朝出社は単なるサービスタイムだ。単なる時間稼ぎなので手当てはもちろん単なるプライベートな時間の延長だと考えている。
・そもそも、悪田にとっては、お金を払ってでも覚えたい実務なので、仕事が忙しいことに不満は全く感じない。しかし、こんなにフル回転で働いているのに、仕事がどんどんと積み上がっていくのが不思議でならない。
・今日、あるミーティングがあって、今後の方向性を話し合ったのだが、実際はその中身は「クレームに対する査問委員会」であった。会社としての今後の方向性を打ち合わせるという体であるものの、明らかに言葉の節々に、中間幹部の社長に対する忖度が窺える内容だ。ズバリとは言わないが、冷静に聞いていると、最初からクレームを言ってきたお客様の言い分が正しいという前提で質問攻めに遭っている。その案件は悪田がある頭の禿げたエビ(逃げる仕草が似ている)から引き継いだ物件で起きたクレームであるが、まあ、このエビも酷いもので、ほぼ全部を工事部の担当者に丸投げして逃げてしまったから、投げられた人はたまらない。
・言葉の節々に「なんでこの時、こうしなかったのか?」「なぜそれを丁寧に説明しなかったのか?」「時間がかかることをもっと理解させるよう努力すれば良かったのではないか?」などなど、全て後出しジャンケンである。丁寧に説明したことや、理解が得られるよう努力したといくら説明しても「それは分かっているけれど・・・」と、明らかにクレームを発した側に寄った物言いである。
・これでは上司と部下の信頼関係が破綻するであろう、最も良くないやり方だと言われる「担当者が行って謝罪して来い」という方法で幕引きを図ろうとしている。
・正直、これでは何のための上司なのか意味が分からない。
・上司というのは、部下のために頭を下げるのが仕事だ。クレームの当事者のもとに担当者が送り込まれた場合、この勝負はクレーマーの圧勝に終わる。担当者は上司という絶対に逆らえない相手から「謝罪して来い」と命ぜられて謝罪に伺う訳だから。謝罪に来られた方としては、最強のアイテムを敵方の親玉からいただいたことになる。謝罪に伺うものとしては、業務命令そのものが謝罪という選択肢しかないわけだから、そもそも自分に落ち度がないのにもかかわらず、クレーマーの屈辱に耐えながら謝罪せねばならない。
・また、この場合、クレーマーは当事者を寄越したことに激怒すれば、さらにその効果が高まる。憎き対象をロックオンし、とにかくブチ切れれば謝罪に訪れた人物やその上司にさらに強いインパクトを与えられる。「なぜ、こんな奴を寄越した」と強く言えば、上司としては「本人が悪いと判断し、だから謝罪に行かせたんですよ」と言い訳が立つ。一方で部下に対しては「君の謝り方が悪いから、かえって相手を怒らせたじゃないか。君は相手を怒らせに行ったのかね」と叱責すれば、クレーマーは完全に上司になびく。そして、頃合いを見て上司が「申し訳ございませんでした。私の指導力不足です。後でよく指導しておきます」と諭して、結果、特定の人物を血祭りにあげてうまくまとまる。
・この案件を黙って聞いていて、悪田は、この上司の元では「士気が下がるだろうなぁ」と感じた。しかも上司は真顔で「君のことを信じているから謝罪に行ってもらうんだよ」だとか「まぁ、一度、謝って、それで相手がどう出るのかを見極めてから対処方針を考えるでいいんじゃないか」などと、ほざいていた。いや、ぬかしていた。
・この査問委員会のおかげで、悪田の貴重な午前中が消えた。
・クレーマーへの謝罪は、悪田も物件担当者として同行するよう命ぜられたので、試しに面白そうなので、ぐうの音も出ないよう強烈なインパクトを与えてやろうと考えている。
・さて、午後、トイレで用を足していたら、ある上司と横並びになり、最近、急成長中のある管理会社が県内に進出してきたことを聞いた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで管理棟数を伸ばし、昨日のあるプレゼンで惜敗したとのことだった。
・これには、正直、物凄く興味が沸いた。「心の通う管理」以上に、顧客にとって安心感のある管理会社は、どんなことを売りにしているのか。このあたりは大いに気になるものだ。
・夕方になり、ある担当物件のお客様から、昨夜、駐車場内で接触事故を起こしてしまったとのお電話をいただいた。怪我のない事故で、物損被害も大きくはないようであったが、念のため、警察への届出をお願いした。一方、駐車場の点検会社の出向を求めたとのことだったが、その報告が上がってこなかったので確認したところ、やはりその事実があり、現地での対応で一応、接触箇所の復旧は完了したとのことだった。
・しかし、この手の事故の場合、後で修理代の負担等においてトラブルの元となるので、必ず現場を踏んで、ある程度の立証措置をしておくことが無難だ。出来れば理事長にも見てもらい。事故の関係者が在宅していれば、どういう内容なのかを確認しておくべきだと考えた。
・本当は、外に出ている時間はないが、余力を振り絞って現場に向かった。おかけで、理事長への報告や事故当事者の家族ともお会いすることが出来、その経緯も理解出来た。何よりも、怪我のない事故で良かった。修理代は今後、理事会で話し合えば良いというようにまとまった。
・どんなに些細な案件でも、管理会社に連絡すれば、駆け付けてくれるという安心感は、居住者さんにとって心強いものとなるだろう。
・などと考えながらブログを書いていたら夜もすっかりと更けてきた。
・どんなに忙しいと言っても、刑事課長の仕事に比べれば大したことはない。なんのこれしき管理会社。
・クレーム対応で大きくしくじったら、潔く辞表を書いて、急成長の管理会社の門を叩いてみるのもヨシ。そう思ったところで寝ることにした。
・明日(今朝)は間違いなく、悪田が一番の出社だ。とりあえず新人らしく、便所掃除でもしてから帰ることにしよう。