社長になるより難しい

・悪田権三が働く「心の通う管理会社」には役員が二人いて、穏健派の社長に対し、もう一人はアグレッシブな方だ。特にそれが悪いということではなく、むしろ、社長の足りないところを補い、細かい部分に目配せし、良い女房役を担っているように見受けられる。

・たまに真意が伝わりづらいところがある。意味は分からないが激怒して人を怒鳴りつけていることもある。パワハラと捉えられるかどうかは微妙だが、とにかく、たまに、感情をむき出しにして怒ることがあるので、社員の多くはどことなしか、一歩距離を置く。

・以前にも書いたが、悪田が新入社員のころ、腹に据えかねる理不尽な扱いを受け、勢いに任せ感情的になってしまったことがあった。「ああ、やってらんねぇから辞めるわ」と言い、当時の上司に失礼な物言いをした。直属の上司ではなかったが、理不尽な叱責だった。その上司は、現在、体調不良で休んでいる。たぶんメンタルだと思われる。

・その時、この役員さんが、悪田を優しく諭してくれた。そしてこう言われた「腹をたてて怒りにまかせそうなったことはとやかく言わない」「私にもそういうことがある。人間だから仕方ない」「だが、あなたは、わが社の理念に反している」「わが社の理念は『礼節をもって仲間を敬う』ことだ」「その理念に反する行動は慎むべきで、この点は大いに反省すべきだ」とおっしゃっていただき、慰留された。

・あの時は、悪田も大いに反省した。自分自身が大人気なかったと自分自身の未熟さを悔い改めた。それともうひとつ気づいたことがある。怒りの感情を表に出す時は、必ず、着地点を見据えた起こり方をしないといけない。当時、一人で山ほど抱えていた仕事を片付けるため、結局、余計な時間を費やしてしまったため、深夜になってしまった。

・人が怒りを爆発させるタイミングは、幾重にもその要因が重なり、結果、行き場を失ってしまった時に起こる。思い起こせば、その時もそうだった。その時、悪田が抱えていた不満は、だいたいこんな感じだった。

・「仕事が忙しい」「一人で処理しきれないほど忙しい」「質問してもロクに教えてくれない」「分からないまま丸投げされる」「管理員がワガママを言っている」「お客様(理事会)は管理員の要求を認めないことを結論付けている」「管理員とのコミュニケーションのため休日を返上して面接したのに理解を示さない」「お客様からは、逆に管理員に対する不満の声が寄せられている」「管理員の上司に報告するも解決しない」「悪田の仕事の進め方を完全否定し、逆に一連の発端の責任がこちらに集中する」

・こんな形で悪田はブチ切れた。だから悪田が大人げないだけではない。一生懸命に頑張っている人間を捕まえて、こんな理不尽はないだろうと、当時、考えた。その結果、退職を決意したが、なぜか残った。コロナで縮小を余儀なくされ、恥を忍んで再就職したにもかかわらず、この程度の理不尽で辞めてしまうことにふがいなさを感じたからだ。

・ちなみに、その問題の管理員は、その後の雇用契約更新を会社が拒否し、退職された。悪田も一応、世話になったお礼にと思い、挨拶に行ったが、自分の雇用契約が更新されなかった不満をつらつら述べるだけだった。「こんな会社は最低だ」「ここの従業員は、皆、最低だ」「オレは酷い目に遭わされた」「住民は敵だ」などなど、散々と悪態を晒し、捨て台詞を残し、ロクに後任に引継ぎもしないまま、フェードアウトして消えて行った。たぶん二度と会うことはないだろう。

・また、悪田を咎めた、管理員の上司は、既に姿を見なくなって一か月以上になる。確か今年の3月ころだったと記憶しているが、帰り間際に呼び止められた。「あの時はすみませんでした。あの時は悪田さんの大変さも理解せず上からモノを言い、言いたいことをぶちまけてしまいました。今、自分がフロントをやらされて、その大変さがようやく理解できました」たぶん、配置換えでフロントマンになったものの、慣れない業務に相当な苦労があったのだと思う。

・悪田は、別段、腹に持っていないし、どんな仕事にも向き不向きがあると考えている。この仕事に合わないのであれば、無理して体を壊すまで頑張る必要はないと考えている。ただ、同じ職場の仲間として、一刻も早く回復され、復帰されることを心待ちにしている。

・さて、悪田を諫めてくれた取締役である。零細企業である弊社「心の通う管理」の司令塔で主力業務の第一人者の一人だ。頭は切れる、努力家、スポーツマンで酒・タバコは一切やらず、たぶん、ギャンブルも異性も不道徳なことは一切、やらない人格者なのだろうと思われる。

・正直、悪田はこういうタイプは超苦手だ。「カタブツ」な人なら一本義があって大好きだ。しかし、マンション管理会社で働く人は、なかなかカタブツな性格では務まらないと思われる。現に、そうでない人多い。

・故に、うちの取締役はカタブツではない。カタブツだと平社員であってもキツイのに、管理会社の取締役まで上り詰めた人、そういう人は腹に一物も二物も三物も持ってないと、内外の厄介者を束ねることは出来ないだろう。

・面談用のブースがあって、取引先や社内の打ち合わせ等で利用するスペースだ。悪田が会社で仮眠を取るときのベッドとしても利用される場所だ。そこから、怒声が響いている。取締役の声だ。誰かを怒鳴りつけている。取締役の声であることはすぐに分かった。

・周囲に聞くと、取締役がある管理員を呼びつけ、叱っているのだそうだ。理由は誰も知らない。とにかく凄い勢いで怒鳴りつけている。出るところに出れば、たぶんパワハラ認定されるだろう。

・悪田は、ある先輩社員に、こう言った。「凄い勢いですね。『礼節をもって仲間を敬います』じゃなかったんですか」先輩はこう返答した。「アレでも取締役になって、だいぶ良くなったんですよ」「昔は週一くらいの頻度でしたからね」「『おう、今から行くから待ってろよ』みたいなことを言って、取引先だろうが、お客さんのところだろうが、乗り込んで行っちゃうんですから」「今は三カ月に一回くらいですから、だいぶ落ち着きましたよね」だそうだ。

・先輩いわく、会社の取締役になるのは、社長になるより難しいそうだ。起業しようと考えれば、一円でも資本金があれば可能だ。要件が整っていれば受理される。しかし、会社の取締役になるためには、最低限、ある一人からは認められなければならない。

・なるほど、確かにそれは理に適っている。感情的であろうとなかろうと。親和性があろうとなかろうと。穏健派であろうが武闘派であろうが、会社の取締役として認められるためには、経験、実力、体力、精神力、洞察力、牽引力、発信力、人格、品格、度量、それに腹芸が必要だ。

・しかしながら、あんな勢いで常に接していたら、直属の部下はしんどいだろうなぁと思われた。現に、かつて理不尽に悪田を叱った方も、あの取締役の下で動いていた。よくブースで取締役と打ち合わせをしていた。「これをやれ」「あれをやれ」と言われていただけだったそうだが。

・結果、体調不良になってしまった、その社員のフォローをしてくれる人は誰もいないから、取締役が、業務を引継ぎ、夜な夜な深夜まで残って仕事を片付けている。

・もしかしたら、取締役もそのストレスが徐々に蓄積されてきたのかも知れない。火の粉が飛んでこないよう気を付けなければならない。公道を我が物顔で暴走する車両に巻き込まれてはたまらないので、車間距離を十分にとり、防衛運転に心掛けたいと考えた。もちろん傍若無人な立ち居振る舞いがあれば、一連の行動をドライブレコーダーにしっかり記録しておくことも肝心だ。

 

 

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