・悪田権三が県警でお世話になっていた当時、いくつかの前例のない案件(事件)をやらせていただいた。
・県警では「刑事の足跡」という、刑事部門独自の表彰制度があり、退職の際に刑事部長から、一人ひとりの刑事(元)に手渡されるものだ。趣旨としては無名刑事達の長年の労苦に報いてもらうための褒章で、先輩刑事が地道な捜査で培ってきたノウハウを後輩が受け継ぎ、今後に生かして行きますと誓をたて、先輩を送り出してくれるものだ。
・受賞の順位は、階級順、年次順ということが慣例となっている。悪田は、50歳で勧奨退職制度を利用して退職したので、多くの先輩方から、しかも警部の年次が13年と、これまた割と長いから、恐れ多くも最前列でいただくことになった。
・いただいたバインダーには、在職当時に携わった数多くの事件名が刻まれている。決して自慢の種ではないが、ひとつひとつの事件を振り返ると、苦楽(楽はなかった)を共にした多くの仲間に支えられ、捜査の中核に置いていただき、常に実動員としての矜持をもって、被害者と接してきたことを思い出される。これこそ人生の誉れだと感じている。
・よくテレビに出演されている、県警OBの有名なコメンテーターも刑事を長くやられたそうだが、この方はたぶん「刑事の足跡」をもらっていないと思われる。階級に関係なくいただける賞なのに、これをいただいていないということには、たぶんそれなりの事情がおありだと思う。是非、そのあたりの事情をお聞かせいただきたいものだ。
・悪田は、刑事の経験を活かし、今、マンション管理に励んでいる。刑事の世界は、よくドラマ化される。奇異的な内容に創作可能だからか。一方、マンション管理の世界は特異性がありながら、ドラマ化されたような話は聞かない。作ってみればかなり面白いと思うがいかがであろうか。
・警察とマンション管理の世界を融合させて、ドラマを作ればもっと面白いと思う。
・そうした場合、例えばタイトルを考えるだけで愉快なイメージが広がる。例えば「マンション管理デカ」「外部収入警部」は、割とありきたりだろうか。マニアックな部類にまで広げていくと、例えば「戸開走行保護房(エレベーター装置)」「工藤(駆動)ピロー巡査(機械式駐車場)」「警察犬ボールタップ号(給排水設備)」のように、おそらく、警察官とマンション管理をやった経験がないと想定できないような名称が小気味良く絡み合うようになるかも知れない。冗談はさておく。
・悪田がいただいた「刑事の足跡」には刻まれてはいないが、変わり種の事件をやらせていただいたことがある。この事件では、某女性人気アイドルグループの追っかけと呼ばれる若者たちが、相互に協力して主導的役割りを果たす。新幹線を不正乗車して全国をタダで巡るという犯罪だ。良い子が真似をするといけないので、手口の詳細は書かないが、いわゆる「キセル」という不正乗車で鉄道営業法違反と電子計算機使用詐欺罪を構成する。
・悪田はある部署にいた時に相談を受け、次に認知した際は事件化することを公約した。腹の中で思うだけではつまらないので、内外に示した。下車駅を受け持つ警察署はもちろん、特異性のある事件なので、警察本部の主管部局、その他モロモロ、今後、同種の事件を認知した場合は、うちにやらせて下さいと営業活動に回った。
・当初は「おめぇらに出来んのかよ」といった冷めた目で見られた。前例がないから、安易に「出来ます」とは言わなかった。しかし、絶対にやり遂げる自信があったので「是非、やらせて下さい」とアピールした。
・その甲斐あって、数カ月後にある若者2名が網にひっかかった。そこからが大変だったが、実に遣り甲斐があった、警察内部の主管部署はもちろんのこと、処分を含め、検察庁へ足を運ぶ。事件を広報することも外せないとの指示を受けた。もちろん事件の主体は警察署なので、署の幹部や、当時、悪田が在籍していた部や課の長、特異性のある事件だったので公安委員の先生にも報告すべきだという指揮を受け、説明用資料、本部主管課や、警察庁への報告の下命も受けた。
・一執行隊の中隊長でありながら、主管部局への申報を書かせていただき、特異事例を全国に発信させていただいた。基本的なことであるが、捜査書類は全てこちらで作成した。
・特に事件は詐欺の変化系、あるいは経済事犯の基本形みたいな案件だ。事件を認知した駅員の供述やら、総括的にこういう根拠で不正乗車であり、詐欺であると供述してくれる役職の調書、総括報告書といった主要な書類は実働の中核である悪田が作成した。もちろん中身に関するクレームなど一切なかった。
・最後は、成果をとりまとめ、部下二名に警察本部長賞与を個人で受賞してもらった。悪田はすべてのお膳立てをしただけだったが、それが警部の役割りだから、たいへん満足ある結果だった。受賞を祝った時のうまい酒の味は今でも忘れられない。
・報道された記事は小さなものであったが、警察本部執行隊のわずかなメンバーが、一見、軽微犯罪と思われがちな「キセル乗車」を、電子計算機使用詐欺罪を適用して送致したという結果を、前例として内外に示すことができた。
・何事も経験だ。やったことのないことは常に不安がつきまとう。しかし、苦労してやり遂げたという事実は、個々の経験となり、実務能力の向上に繋がる。百聞は一見にしかずだが、一文字が百聞となるまでにはとてつもない労力が必要だ。
・こんなことを繰り返していたら、あっという間に警察人生31年が経ってしまった。今はちょっと違う立ち位置の仕事をさせていただいているが、管理を依頼されている立場にあるものとして、お客様の期待に応えられるよう、日々、研さんを続けている。
・それがちょっとだけ楽しいと思えるから、マンション管理の仕事もまんざらでない。