【恥ずかしながら今さらですが】
・悪田権三の娘は友達と絡めない子だった。
・一言で言えば「自分勝手」「わがまま」「協調性なし」の性格だった。そのくせ人一倍「寂しがり」「甘えん坊」「小心者」で、いわゆる「厄介」なヤツだった。
・過去形となるのは、先日、亡くなったから。犬として生まれたので、その寿命は短い。
・唯一、高い能力に関心させられたのは「鼻が利く」ことだった。一般的に犬の嗅覚は人間の数千倍・数万倍と呼ばれるが、彼女は特に嗅覚に優れていた。
・夫である「息子」の方は、去年の春に亡くなった。こちらは対照的に気配りの出来た息子で、穏健・実直・聞き上手・甘え上手で、常に「おりこうさん」で友達が多かった。しかし、あまり嗅覚は冴えなかった。
・夫婦とは不思議なもので、相手に対し「ないものねだり」をしがちで、そういう形で構成されていることが多い。我が家の息子(娘)夫婦のような関係性の夫婦は世間に多く存在している。
・恥ずかしながら「✖」がついている悪田にしても、思い起こせば、元のかみさんとは正反対の性格だったようだ。もちろん(元)かみさんが穏健派であった。
・犬ではあったが、息子も娘も悪田によくなついてくれていた。疑われるかも知れないが、かみさんとも仲が良かった。お互いに家族として一緒に過ごした時間が長かったので、我々(元)夫婦にとっても、その死は悲しい限りだった。
・ところが、世間は無情なもので、息子が亡くなった当時、悪田はマンション管理にいて、たまたま、あるマンションで「ペットクラブ」が紛糾していた。内容は「どこどこの飼い主が皆で決めたルールを守らない」「ルールを守らないならペットを飼うのを禁止にしろ」などと言った悪感情が、当事者を超えて管理会社に向いていた。
・悪田は当時「たかがペットのルールを守らないからという理由で特定の区分所有者にペット飼育を禁止することができようか」とか「ペットは家畜ではないのだから人間様の感情論で法度を作ると互いに住みづらいマンションになります」と諫めたこともあったが、その声の大きい感情論者は悪田の意見に頑として耳を貸さなかった。
・悪田の本音は、わが子(長男)を失ったショックに苛まれていたし、そんな時こそ「今はペットのことに触れて欲しくない」という気持ちが強かったのだが、他人の意見になど耳を貸さない「マジョリティ」が結集して「ペットの規則は絶対」と言わんばかりに、新たなルールを上書きしていった。
・今、思い出しても実に嫌な記憶である。
・そうした中、時代は流れて、悪田は今、福祉の世界にいる。
・そこで、先日、元妻から娘の訃報を知らされた。せめて最後だから顔を見てやって欲しいとのことだった。
・了見の狭い悪田は、その「せめて」を、あえて断ってしまった。あえて理由は口にしないが、実に大人気のない理由だ。傲慢な性格であるところは、亡くなった娘にどことなく似ているかも知れない。
・息子が亡くなった当時、あるマンションの集会に向かう途中、雨上がりに空に一面の大きな虹が掛かっていた。当時、悪田は「息子がくれたプレゼントだ」と感じた。もちろん何の根拠もない。単なる雨上がりの自然現象であろう。
・ところが、今日、ある利用者さんと、取引先に集荷に行った際、大きな虹を見た。利用者さんが「あっ、虹だ」と言うと、取引先の全従業員さんが店先に出て、物珍しそうに「写メ」を撮っていた。悪田もつられて写メを撮った。
・何となく、去年、息子が亡くなった時の虹を思い出し、今回の虹は娘が父にプレゼントしてくれたものではないかと勝手に思いを巡らせた。
・そして、先程、家に帰ると、悪田あての手紙がポストに入っていた。元妻からだった。
・そこには、娘の遺骨と写真が添えられていた。(元)かみさんの優しい心遣いにただただ感謝の気持ちが込み上げてきた。
・「今頃、天国で一緒にいるのかな」「これからはずっと仲良く暮らしてね」という思いだ。
・娘は父の寂しさを抜群の嗅覚で読み取ってくたのであろうか。プレゼントしてくれたであろう虹は、娘からの温かいメッセージだと受け止めてありがたくいただくことにした。