あるマンション駐輪場に長期間放置されている自転車があった。
マンションで発行したステッカーが貼られてないので、住人のものではない可能性がある。
「持ち主は名乗り出て下さい」と掲示し、約三ヶ月となり、現れないので警察署に通報した。
事前に車体番号と防犯登録のステッカーが貼られていたので、それぞれの番号を警察官に電話で知らせ、臨場した警察官とやりとりをしたところ、盗難届がでていないから、マンションの管理責任で処分して欲しいとのことだった。
公道に乗り捨てられた自転車であれば、行政に連絡し処分してもらうが、敷地内で盗難届が出てなければ管理権に従い処分してもらうようになるとのこと。
それは実はもっともで正しいのだが、それでは何のための防犯登録なのか。
警察官が職務質問で乗物盗を検挙することがある。
多くは窃盗容疑であったり占有離脱物横領と呼ばれる遺失物横領容疑だ。
よくある、ちょいと拝借して足がわりに乗ってたら捕まったようなパターンだ。
この時、盗難届が出ていると分かりやすい。
被害内容と被疑者の供述を突合し、他の客観的証拠とともに犯罪の要件に合致するかを捜査していく。
未届の場合がよくある。そんな時に頼りになる情報が防犯登録に搭載され、警察がデータベースを有している。
盗難届が出てなくとも、防犯登録がなされていれば被害者にたどり着きやすい。
では他人の敷地内に放置された盗難届の出ていない防犯登録された自転車はなぜ手を出さないのか。
その答えは単にめんどくさいからである。
被害届も出さない程度の価値のないものと見なしているから、いちいち放置自転車程度に時間を裂いていられない。
警察は忙しいのだ。
では何故、盗難届すらも出されていない案件なのに、被疑者がついている容疑事案には一生懸命になるのか。
それは乗物盗検挙という警察官にとっての飯の種になるからだ。
悪田権三が現職だった当時の昔から「ネズミを獲らないネコはいらない」と検挙実績の向上に尻を叩かれていた。検挙は治安維持のバロメーターだから、もちろん大事な活動だ。同時に犯罪を抑止することも、警察の重要な任務だから、窃盗罪を検挙したならばともかく、占脱を検挙した場合、刑法犯の認知が余計に増えてしまうというマイナス効果が同時に生まれる。
それでも、認知と検挙の数字がそれぞれ増えるから、検挙成績を挙げると全体としての刑法犯検挙率は向上する。例えば、自転車盗既届が100件あり、検挙が1件ならば検挙率は1%だが、占脱を100件検挙すれば、その部分だけの刑法犯検挙率は、200件の認知に対し100件の検挙となるから、検挙率は50%となる。
最近のネコがネズミを獲る姿を目にしたことはないが、検挙率は治安対策のバロメーター。
だから、防犯登録は一件登録するのに、500円も高いお金がかかる。
悪田権三も現職当時は同じようなマニュアルで仕事をしていたように記憶している。この自転車もれっきとした財産、もしかしたら盗難の被害届を出す機会には恵まれなかったが、持ち主は自転車の帰りを心待ちにしているかも知れない。
ただし、ちょっと考えて欲しい。防犯登録をする意義は、買主にとって盗まれた自転車が戻って来るためのものではないのか。盗まれた自転車を盗んだ犯人を検挙してくれるのは有難いことだ。次いで盗まれた自転車が放置されていて、それを自己の用に供していたのを捕まえた。盗んだ張本人ではないが、被害回復された。まあ、防犯登録していたし盗まれたものが戻って来たことは有難い。
ところが、ちょっと待って欲しい。
盗まれた自転車がマンションの敷地内に放置されていた場合、防犯登録していても永久に戻ってこないことになる。
これは、どう考えても明らかにおかしい。被害回復を謳い文句に有料で構築したデータベースを運用している事業主が、運用上の業務の煩雑度合いを比較衡量し、これは検挙した事件だから、被害者に品物を返してやろう。これは被害届も出さない案件だから、放置されたゴミなど返してやる必要はない。と恣意的に選別しているようなものだ。
しかも、防犯登録に搭載された個人情報は、逆引きが可能だ。例えば、悪田権三が自転車を購入する際、自分の携帯電話番号を登録すると、車体番号から悪田権三の氏名、住所、携帯電話番号が出るだけではない。悪田権三と検索するだけで、悪田権三の携帯電話番号を知ることが出来るという、実に恐ろしいシステムだ。
マンション管理会社のフロントマンに防犯登録から所有者を探索する権限が与えられていれば、せめて所有者に連絡してやるくらいのことをしてやりたい。
それが「心の通う管理」だと思うが、僭越ながら出過ぎた真似だと言われるのがオチだろう。警察も忙しいのは分かるが、それほどの個人情報データを恣意的に運用出来る本質を、もっと被害回復という点で生かしてもらいたいものだと思う。
悪田権三は、次回の理事会で、所有者不明の自転車放置案件を報告し、回収業者を手配することにした。もちろん、防犯登録で所有者が分かるのに、警察が所有者に連絡してくれなかったことは伏せておく。