・悪田権三が現職警察官当時、ある所属で上司からのパワハラに悩まされていた男性警察官がいた。結果的に、この男性警察官は民事訴訟にてその上司を訴え、退職後、いくらかの損害賠償金を取ることが出来たということだ。
・加害者は当時、定年間際のある幹部で、まっすぐで一生懸命な人ではあるが、自分の嫌いなタイプの人間に対しては徹底的に個人攻撃する癖があり、被害を受けた人の中には精神的にダメージを受けた人もけっこういた。
・以前にも書いたとおり、悪田は一風変わった人からは妙に可愛がられる。この加害者からも可愛がられた、
・悪田が考えるに、生真面目一本で誠実な人は、実に尊敬に値する存在だが、そういうタイプよりかは、多少、根性がねじ曲がっているくらいの人の方が、悪田は好きだ。実は経験豊富であったり、豊かな感情を持っていたりする人は変人の方が多かったりすることがある。
・変人は、その過程の中で、自己の信念を意地になって通そうとすることがあるから、時に上司に疎まれる。また、要職から外されたり、組織から干されたりの試練を与えられる。それでも自分の意志を曲げず我を通そうとするから、そこから学んで成長して行く。この結果、変人には変人にしかない味わいや奥深さが形成される。
・悪田も、我を通して生きてきたせいで、刑事警察部門を放り出され、干され、蒸され、叩かれてきたおかげで、警察官という組織体の中で、さまざまな経験することが出来た。
・その経験が今の自分や将来にとってかけがえのない財産になっていることを考えれば、悪田に試練を与えてくれた人たちには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
・さて、どんなパワハラだったかというと、殴る蹴るといった身体的制裁であった。ただ、どちらかというと、プロレスの場外乱闘時に繰り出される攻撃に近いものだった。プロレスではなかったので、被害者側は反撃することなく、制裁を受けていたが、この仕打ちは、すぐに別の幹部によって静止された。
・当時、さすがに悪田も「これはちょっとやりすぎだ」と感じ、被害者のフォローに回った。そして、彼に「君は被害者で悪くないのだから、力になれることがあったら遠慮なく言って来なさい」と声をかけたが、それ以来、彼は職場に姿を現さなくなった。その日のうちに悪田は、直近の位置関係で、このやりとりの一部始終を目撃していた別の幹部に「これ、どうなるんですかね」と質問したところ、驚きの答えが返ってきた。
・「オレ、見てなかったんだよね」
・「おいおい、そりゃいくら何でもありえねぇだろ」大相撲の位置関係で言うなら、審判長くらいの位置で見ていただろう。しかも、物言いがつくような取組みで、ただ今の取組みについて「見てませんでしたから、取り直しとします」という言い訳は通用しないだろう。と感じた。たぶん、この人は思考停止していたか、巻き込まれるのが嫌だったから見て見ぬふりをしたのだろうと思った。
・噂が広まり、その後、監察部門から当事者や目撃者が次々と呼ばれ、聞取調査が行われた。これも後で聞いた話だが、実は彼に対するパワハラはこれだけではなく、過去には、ダイエットと称して裸にして体重計に乗せたまま衣服を持ち去ったり、事務機器のホチキスで耳たぶを綴じたり、休日に三浦半島にマグロを買いに行かせたり、等々、枚挙にいとまがないとのことだった。
・被害届を提出すれば、普通な身柄を取られるような事犯だが、被害者は被害届を出さなかったようだ。よほど、警察という組織を信用していなかったからか。
・しかも、ほどなくして、警察官を自己都合退職してしまった。泣き寝入りしてしまったのだと悪田は理解した。
・その職場では、彼を集団でイジメてはなかった。むしろ、悪田は彼と面接し、彼に非がないことや、これからの人生を考え、きちんとした対応を組織に求めるべきではないかと進言した。しかし、彼にとって警察という組織がほとほと嫌になったのだと思う。静かに警察組織を去っていったことは、そこからも頷ける。
・いっぽう、加害者はどうなったかというと、定年退職してしまった。何らの懲戒処分を受けることなく円満退職し、警務課経由で県内の某上場企業の顧問で迎えられ、第二の人生を歩んでいる。
・先述の後日談のとおり、民事の損害賠償訴訟で加害責任を命ぜられる判決が下されたとの噂を後で耳にしたが、このような経緯を踏まえると、組織の中には「幹部は悪いことをしてもお咎めなしか」という雰囲気が蔓延するだろうと感じた。現に、その職場では、ミーティングを行うとそういうことを口にする警察官が大勢いた。「おかしいですよね。幹部は何をやっても処分されないんですか」という声が上がったのは至極当然だ。
・先日、加重労働が原因で「心の風邪」をひいてしまったという、マンション管理会社フロントマンの話をさせていただいた。その発表があった日の社内全体会議で、「ハラスメントの防止」をテーマに社長からの訓示があった。
・これが弊社の自慢、というと、極めて程度の低い自慢となってしまうが、本当にハラスメントのない会社だと思う。もしかしたら、悪田にだけ見えていないのかも知れないし、悪田が思考停止しているのかも知れないが、弊社ではハラスメントはないと断言出来る。
・しかし、逆に、やらなければならない仕事量は無限大にある。人は出口の見えないトンネルの中で、行き場を失うと精神的不調を来す。一生、ここから抜け出すことが出来ないという絶望に追いやられると、そこから先は苦痛だけの人生でしかなくなる。
・だからこそ、若手警察官の彼が自己都合退職という方法を選択したことは正しかったのかも知れないが、本来、彼に辞めなければならない理由はない。しかし、彼をそのまま雇用し続けることは、この先、長い年月をかけて、警察組織をあげて手厚い支援を継続し、ゆっくりと時間をかけてケアをして行かなければならないという多大な労力が必要になる。
・そのあたりが、警察という大所帯と中小零細企業の違いなのだろうと感じた。中小零細企業では物理的にそういう手当は出来ない。ハラスメントは加害行為者はもちろん、止めなかった者にも道義的責任がある。しかし、自分のことで精いっぱいとなってしまえば、第三者的立場で思考停止してしまうことがないとは言えない。
・警察の仕事もマンション管理会社のフロントマンの仕事もストレスの多い仕事だ。そこで担当者が欠員となってしまうと、必然的に誰かがフォローしなければならないが、いずれ、別の担当者が着任して業務に慣れてくれば次第に落ち着きを取り戻し、やがて正常化する。要するに首がすげ変わるだけだ。
・だからこそ、自分を壊さないための努力が必要だと考え、悪田は今朝も、やや、早起きをして近所をランニングして汗をかいてみた。